徒然記


勉強会の準備 配信テスト
青年会という若き僧侶たちへの勉強会です。コロナ禍につきZOOMによる配信にて行うことになりましたので、その段取りなどの最終打ち合わせを行いました。僧侶の勉強会は面授(顔を合わせて行う)が基本ですので、まさかこのような状況になるとは…なんとも不思議な時代ですね。WIFI環境の整わない方はこちらへ来ていただきます。

会議なども配信が当たり前となりましたので、わざわざ足を運ばなくてもよくなりました。
コロナ禍でなければ許されないことでしょうね。

如意輪観音さま

こちらは本堂右内陣に居られる如意輪観音さまです。
私が宗園院に来てからお迎えをしました。高さは一尺程になります。柔和で端正な御顔をしています。
由来は専門的な話になりますが、京都での小野流(観流、三宝院流)の伝授を受けるにあたり、十八道次第の本尊は如意輪観音さまなので、実際に作法を学んで拝むためにお迎えすることにいたしました。

只今、大分青年会への勉強テキストを作成していますが、その辺りも詳しく話す予定です。
挨拶(あいさつ)

今月の護摩で配布した言葉は「挨拶(あいさつ)」です。
挨と拶と共に「詰め寄る、迫る」という意の仏教語です。元は互いの知識を図り合う問答の用語。

現在は、お互いに顔を合わせた時などに用いられています。
お互いに「尊重し合うこと」が前提ですので、挨拶をされても返さないのは言葉の意に反しています。
仏教だと寺を追い出されます。

つまり、一方的な挨拶というのは存在しません。それは挨拶の体を成していないので、返さない人には挨拶をする必要がありません。「この人は礼節を持つ人か」などと人を判断する要因の一つにもなりえます。
朝の挨拶やその日初見の挨拶などは気持ちよく行いたいものですね。

「会釈」も同様に元は仏教語です。

施しの心 ダーナとドナー

「与える」こと、対価、見返りを求めない「施し」のことをインドの言葉でダーナ(दान、dāna)といいます。
檀那、旦那はこのダーナの当て字になります。
チャリティーやボランティアというのもこの施しの心になります。
このダーナを語源として生まれた言葉にドナーがあります。臓器移植や骨髄移植での提供者のことを指します。
お盆の法要ではこの「施しの心」について話をしました。
施すとはどういうことか?施しをしたらどうなるのか?

また、私がドナーとなって身内(兄)に骨髄を提供した時の話をいたしました。
さらっと話をしましたが、兄の闘病記を読み返すと壮絶ですね。
ドナーとしての手術が終わり退院する時に、担当の医師や看護師から何度もお礼を言われました。まさかお礼を言われるなんてこれっぽっちも思っていなかったので、驚いたと同時に涙が出たのを覚えています。
もう20年以上も前のことですが、昨日のことのように記憶に残っています。笑い話も沢山あります。
お世話になった先生や看護師さんたちははお元気でいらっしゃるのでしょうか。


コロナ禍や異常気象などの天災に見舞われて大変に苦しい世の中になってきています。
後悔の無いように功徳を積んで一日一日を大切に生きていただきたいと存じます。


追記
骨髄移植は、ドナーの身体への負担が少ないのが特徴です。私は術後3日目には退院できました。骨髄を採った箇所の軽い痛みはしばらく続きましたが、普通に生活できるレベルだったので特に気になりませんでした。今は医療もさらに進んでいるのでドナーの負担もさらに少なくなっているでしょうし、また、治療法についてもさらに多くの治療法が存在しています。認知度も増えてきてはいますが、それでもドナーが足りていないようです。

兄の再生不良性貧血による闘病記はこちら

日本骨髄バンクのサイトはこちら


お盆の準備と迎え方
こちら浄土宗さんのHPに盂蘭盆(うらぼん)略して「お盆」について丁寧に説明されていますのでご参考になさってください。宗派は違いますが準備やお迎えの仕方などは同じです。
また、他のページもイラスト入りでとても見やすいサイトになっています。
(うちのご本山も是非こういうサイトをお願いします)

宗園院の檀家さまへのお盆参りの案内にも精霊棚のイラストを入れて「このように準備するんですよ」とお知らせしていますので、準備をしてくださるお宅も増えてきました。嬉しいことです。


お盆とはご先祖さまをお迎えして「おもてなし」をする期間です。
年に一度くらいは普段よりもたくさんお供え物を用意して手を合わせてみませんか?


お盆参りの案内とお盆の供養祭の案内を発送いたしました。

毘沙門天大祭を終えて

因果応報とは?自業自得とは?善因楽果・悪因苦果などについて話しました。


毎月護摩供で配布してる言葉

今年の4月からお大師さまの著書より『十住心論』(心が低次元より高次元の精神世界へと次第に向上発展していく段階を十種に分けたもの)を1つずつ配っているのですが中々難しいらしいので、10枚全て配布した時に解説も加えてお配りしようと準備をしています。
参拝者への配布物なので郵送はいたしませんが、さかのぼってお渡しすることも可能ですので、2が欲しい3が欲しいという場合は参拝時にお申し出くださいませ。

信貴山で毘沙門灌頂
12年に一度の毘沙門灌頂が来年寅年にご本山信貴山にて開催されます。信貴山内各寺院にて入檀受付が開始されていまして、大分から参加入檀される方もいらっしゃいます。信貴山本山で受付が出来るのではなく、3か寺の塔頭寺院それぞれ個別に受付申し込みをするようです。千手院 玉蔵院 成福院 詳しくは各HPを参照にしてください。(成福院さんは毘沙門灌頂の詳細が不明でした)


それに関連しまして、先日3日の護摩供では毘沙門天さまについてお話いたしました。
毘沙門天さまのおわす処、お姿、はたらき、などなど。
天部は権類と実類とに分けられます。毘沙門天さまは権類にあたります。本地があるのが権類です。
歓喜天さまは実類にあたります。(権類という説もありますがやはり実類の位置づけがよいと考えています)

また、実類には動物霊や妖怪などがいますので、アマビエやアマビコは実類になります。実類は扱いが難しく厳しいものが多いのでご注意ください。
※寺院参拝の心得というページを作成中ですが、誤って作成途中のページを上げてしまいました。
仕上がりましたら改めてアップいたします。
チベット仏画

あるお檀家さまから奉納されました仏画を別のお檀家さまのカメラで撮ってもらいました。
かなりの高解像度なのでトリミングをしたらとても良い感じになりました。
写真はポストカードに出来るといいなと思っています。(許可済)
仏画3点は変わらず本堂に飾っていますのでどうぞご覧くださいませ。
シェアハウス
新しく入られたお隣さまがシェアハウス(男性限定)をされるそうで引っ越しやら改装工事をなさっています。
時を同じくしてこちらも庫裡の改装工事に入りますので、お互いにトンカンしています(笑)
お隣さまがシェアハウスを持たれるのはこちらで3件目だそうで、留学生や一人暮らしの大学生だけではなくて幅広い世代の方々が入るようです。温泉好きたちのお家 湯治シェアハウス「湯治ぐらし」経営されています。

高野山大学時代は倉庫を改装した家に、上の階(私)と下の階(友人)とで分かれて暮らしていましたことを思い起こします。今でいうシェアハウスです。
典型的な貧乏学生でしたので、寺制という高野山内寺院でのアルバイトをして生活費を稼ぎながら、みんなでごはんを作ったりゲームに麻雀に映画にそしてたまには運動したり、と同じ環境の仲間と毎日楽しく過ごしていました。その友人とは今でも交流があります。
懐かしいですね。かけがえのない思い出です。
若者の未来に幸あれ。

お香作り
本堂のお焼香は天香堂さんの銘香飛切というものをお願いしています。
深い沈香と甘い香りの合わさったものでとても良い香りなので重宝しています。
(以前は天香堂さんのサイトで商品の詳細が見れましたが今は見れないようです)
さらには沈香単品も用いています。タニ沈香とシャム沈香の両方を常備しています。
こちらは高野山大師堂さんへお願いしています。

それに加えまして自分でも配合して作っています。かなり以前に作ったものが無くなりましたので、また同じような配合で作ってみました。七種類の香を混ぜています。香りはかなり辛めになります。これをしばらく寝かせるとそれぞれの香りが混ざり合って落ち着くそうです。


 
節分に向けて2 なぜ2月2日なのか
今年の節分はなぜ2月2日なのか?
簡潔に言いますと立春(節分)は太陽と地球の位置関で決まります。日時で決めているわけではありません。
地球側から視た太陽の位置で春分や夏至や大寒や立春というのが定められています。
これが太陽暦に基づいた二十四節季になります。

本来は地球が公転しているので太陽視点になります。
太陽からみて地球が決まった角度(315℃)に来たら立春となりますので、今年はそれに当てはまる日が2月3日でしたので、立春の前日の節分が2月2日になりました。

実は地球の公転の関係から毎年数時間ほどずれているのですが、今年はそれが午前0時を跨いだわけです。
立春は二十四節季の一つになりますので、二十四節季の図を見ればわかりやすいかと思います。
(検索してください)

つまりは地球の公転は完全な円ではなく楕円であり、また一定の速度でも無いということになります。
だからずれるわけです。


スケジュール帳は星の手帖社の星空手帖というのを愛用しています。
月の満ち欠けが全て印刷されていて、新旧暦が一目でわかるのでとても便利です。

星の手帖社
節分に向けて
拝みこんでいます。
壇にはお檀家さまから頂いた白の布をひいています。また、本来不用なものも便宜上置いています。
こちらの地域では法事の時に反物の白晒などを頂くことがります。(近頃は減りましたが)
おそらくですが、僧侶へ布切れを施した「布施」の形式が伝わっているのでしょう。
いろいろと活用させていただいております。

属星供と北斗供 いずれも一定の期間を設けて修法しています




お賽銭のキャッシュレス化について

お賽銭をキャッシュレスいわゆる電子マネーで納めるのは有りか否か?

お賽銭の意味をご存じでしょうか。
耳にするのは「神仏への感謝の表れとして納める」といった内容ですが、それならばお賽銭を投げる必要はなく、どうぞと差し上げるのが作法になります。ところがお賽銭は投げるのが習いです。
(おひねりというお米のお供えとよく結び付けられますが、起源は別物だと考えられます)

なぜ投げるのか?

お賽銭を投げるのには「お金という欲を投げ捨てる行為を神仏に見せる」という意味があります。
心の垢や穢れ、罪咎を落とす作法です。そのように私は認識しています。

神社でも寺院でも手水場という手を洗う場所があり、そこで手を洗い口を漱ぎ身体の汚れを落として「身」を清めます。その次に本堂の前や拝殿でお賽銭を投げ入れて欲を捨て心の汚れを落として「心」を清めます。私はお金という欲に囚われませんという意思表示です。
この順序で身心を清めてからお参りをするのが習いです。
賽銭箱に投げ入れられたお金は神仏が浄化をして「香油銭」となります。
「浄財」といったほうが馴染み深いでしょうか。
浄められたお賽銭は油代(今はローソク代)やお香代としてさらには施設運営費として用いられるわけです。

お金の歴史は古く奈良時代に遡ります。日本人は古来よりお金を造っていますが、当時からお金というのは便利だがとても恐ろしいものだという認識があり、なるべくならば使わないでおこうと物々交換を主として生活をしていました。お金を用いた時代もあればまた物々交換に戻るなんてこともあったようです。お金が普及するとそれが元で争いがおこるというのを理解していたわけです。
(国の大きさは米の量である石高で表して、年貢は米で納められていた時代はそれほど古くはありません)
また、災害などがあった時にお金自体が役に立たない、という考えもあったようです。
お金とは便利だけどあくまで代用品なわけです。
大雪で小屋に閉じ込められた、地震で道が塞がれて動けない、といった時に蔵などに食べ物があれば飢えをしのげるわけですが、お金だけ持っていてもそれを食べられないので、空腹を満たせないわけです。

 ・お金は欲の象徴であり、争いの元となる
 ・お金は代用品、災害時には役に立たない

なので、古くから お金=欲 というのが日本人の感覚にあり、なるべくならば使わないでおこうという時代が長く続いたようです。そのような民族性なので、お金を扱うものは身分の高く無い者たち(言葉が悪いですが)という認識でした。今は違いますよ。

実際にお金に触れてその上で神仏の前で(金額を確かめたりせずに)投げ捨てるのがお賽銭の意味なので、キャッシュレス化になると古の日本人の民族観が失われていくことになるでしょうね。スマートフォンやカードにお金をチャージをして、金額を設定して、キャッシュレスでお賽銭を納めてもそれは単なる支払いといえます。

え?お賽銭の語呂合わせですって?そのようなものはございません。
でも、よく作られてれいますし、日本人はそのような言葉遊びが好きなので、なるほどとは思っています。


余談1

地域によっては棺に六文銭を入れる習慣が残っています。
これは「三途の川の渡し賃」や「冥途の旅支度」などと聞きますが、実は違います。
あの世にお金は持っていけません。それはどこかお話の席で語ります。


余談2

宗園院では護摩壇に油皿を使っています。(実際には油皿とローソクと両方が使えるもの)油が溜まったお皿に糸を垂らして火をつけますと、糸は油を吸ってずっと燃え続けるので、長時間のお勤めや、灯りが欲しい時に重宝しています。みなさまのお賽銭が浄財となり、仏さまを照らす灯明としてお供えされているわけです。合掌。



アマビコとアマビエ
コロナ禍で疫病除けの妖怪として注目を集めたのがアマビエです。
しかし、このアマビエという妖怪を見ておや?と思われた方がもしかしたら居るかもしれません。私も言うべきか否かで悩んでいましたら気づけば年の瀬となっていました。

結論から言いますと「アマビエという妖怪はいません。アマビコの誤記です。」ということです。
手元の資料『日本の幻獣図譜』湯本豪一著を見てみますと、アマビコとは「阿磨比古」「天日子」「天彦」などと記述され、出現場所も姿も一様です。(犬のようであったり鳥や猿のようであったり)九州南西部辺りで多く目撃されているようです。

予言獣「尼彦」 肥後の国真字郡で夜な夜な猿の声で人を呼ぶので柴田五郎左衛門という者が聞き届けると、自分は海中に住む尼彦というものと名乗って、6年間の豊作と流行病で多くの人死亡することを予言、「病難を避けるには尼彦の姿を描いて貼り置け」と伝えて何処へともなく姿を消した。この尼彦は4足の動物のような姿で全身が毛で覆われている。

とあります。(下図参照)

それでは、妖怪とはどうやって生まれるのか?といいますと
妖怪の定義として
1 目撃談
2 体験談
3 描写
が必要になります。(あくまで私の独断です)

目撃談や体験談が多ければそれだけ信ぴょう性が増して、噂が噂を呼び、終には妖怪として認定されます。
アマビコは3つの定義を踏まえていますので妖怪として認められていますが、アマビエはどうでしょう。
アマビエは目撃談はなし体験談もなし描写は版画が1つあるだけ、これだと信ぴょう性に欠けてしまい、妖怪として後世に名を残すには力不足です。湯本豪一さんもアマビエはアマビコの誤記であると書かれています。

逆に言えば多くの者がその妖怪の存在を認めるならばそこに存在しうるわけです。
(書いていて可笑しくなってきましたが、人々の心が生み出すこともあります)
まあ、アマビエは妖怪というよりかはマスコットキャラクターのような扱いですね。

こちらの阿磨比古は「信仰の対象として描かれたもので護符を配っていた」らしいのですが…江戸時代といえば番町皿屋敷に代表されるように、怖ろしい幽霊画や魑魅魍魎の描写が大流行もとい跋扈した時代ですよね。その時代にこの阿磨比古は信仰の対象というよりかはマスコットキャラクターのような扱いだったのでは?と思います。
(描いた人はお告げを信じて懸命に描いたようです)


コロナという疫病が流行り、人々の思いと望みにより疫病除けとしての妖怪だと注目されたことで、アマビエがついに妖怪として弘化三年改め令和二年に生まれ認められたのは事実です。かわいらしいですしね。 だらだらとくだらないことを書きましたが、当然ながら今もこの先も疫病の収束を祈り続けています。 ただ、アマビエとは神や仏ではなく一妖怪ですから、宗教家があやまった使い方だけはしないようにご注意くださいということです。







高野山真言宗全国青年教師会による土砂加持法会

令和2年11月12日午後1時 伽藍金堂におきまして高野山真言宗青年教師会による土砂加持法会が執り行われました。コロナ禍での行事となりますので一堂に会することが困難となり、全国より清浄な砂が集まり土砂器に納められました。私は日本を超えインドはナイランジャナー川の清砂を納めさせていただきました。
 
 
大師号下賜1100年記念法会10月27日に成満いたしました
全国より6万巻を超えるお写経が奉納なされました本山金剛峯寺よりお写経奉納者への大師お衣裂御守が届きましたので、奉納者のみなさまの元へお送りさせていただきました。令和2年11月11日
随心院小折紙伝授満了


京都は小野にありますご本山随心院さんにて続いていました『小折紙』伝授が満了しました。
こちらでは勧修寺流の伝授より長らく通い続けていましたが、一区切りです。

大師号下賜1100年記念法会 高野山奥之院燈籠堂


大師号下賜1100年記念法会が昨日よりいよいよ開白いたしました。金剛峯寺のサイトはこちら
開白に際して、利休居士第15代前家元鵬雲斎千 玄室さまの献茶と、華道高野山山縣弘俊華務長による献華が行われました。高野山金剛峯寺のfacebookサイトでは厳かな法会の様子などがアップされています。

それに合わせまして先日の大師号下賜1100年記念写経を奉納させていただきました。
この度は急なお願いにもかかわりませず速やかにお写経を奉納していただきまして改めて御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。法要結願の後に記念御守りが届くようでございます。

別府南無の会再開します
おまたせいたしました。しばらく休会していた別府南無の会を9月より再開いたします。
講師は私藤田修弘です。「ご先祖さまは近くにいる」というテーマでご先祖さまがいったいどこに居るのか?どの位の距離なのか?など抽象的なことを具体的に説いていきます。久しぶりなのでしゃべり倒します。参加費は無料です。どうぞお越しください。

日 時 令和2年9月12日午後3時より4時頃まで
場 所 別府サザンクロス4F 第2研修室 別府市千代町1-8
毘沙門天大祭無魔成満
令和2年7月3日、宗園院本堂に於きまして毘沙門天大祭が無魔成満いたしましたことをご報告申し上げます。
この時期は元々は梅雨の中日で雨も少なく晴れることも多かったのですが、ここ数年は大雨に降られています。
またコロナ禍での法要ということもありまして参拝者にはマスクの配布着用とアルコールによる消毒をお願いいたしました。また、お茶のお接待などは遠慮させていただきました。
早く平穏な日常が戻ることを心より願って止みません。




新型感染症早期終息祈願法会
本日5月3日午前9時より高野山金堂と大塔におきまして 新型感染症物故者追悼法会・護摩祈祷「新型感染症早期終息祈願法会」が執り行われました。高野山内寺院僧侶などが出仕して一座土砂加持法会と護摩祈祷との法会で、この度は参拝者を迎えず動画によるLIVE配信という試みでした。facebookで配信されています。後々に編集されたものが公式youtubeにて配信されるようです。

折角ですのでこれを機に金剛峯寺、伽藍、奥之院にライブビューイングカメラを設置し全世界から現在の高野山を見れるようにしてください。(須磨寺さんは20年程前からライブカメラを設置しています)

宗園院では同じく本日11時より護摩供がありましたので、毎月の檀信徒祈願成就と合わせまして、本山と同様に「新型コロナウィルス犠牲者追善菩提のため、また病魔退散祈願」として護摩供をお勤めいたしました。

常々言っていますが「世の平安無事を祈るのは我々の日常」ですので大々的に「拝んでいます!!拝みました!!」というのはどうも苦手とする処ですが、本山の行事とうちの行事の日が合いましたのでお伝えいたしました。動画のタグを埋め込んでみましたが見れますでしょうか?下の2枚は放送の画像になります。



(本音を申しますと…SNSをもっと早くにこのスタンスで始めて5年前の開創法会にどんどんLIVE配信が出来ていれば世界中からアクセスがあったでしょうに…勿体ないことこの上ない)


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新型コロナウィルスについて
新型コロナウィルス、正式名称COVID-19が猛威を振るっています。(政府の初動がまずかったとしか思えない)
多くの行事が中止を余儀なくされる中、僧侶として発信をいたします。

1、祈る
大々的に拝んでいますという必要はありませんが(毎日の平穏を祈るのが私どもの役割です)真言密教には古来より疫病が流行った時にはこの尊を拝む、といった作法が数多く伝わっていますので日々の勤行の中にその作法を修しつつ事態の終息を祈るばかりです。
こちらは私どもの行いですので、次にみなさまへの心構えを具体的に説いていきます。

2、自分の身は自分で護りましょう 
報道のままです。
手洗いうがいを行うこと、マスクを着用すること、などご自身でできることはきちんとなさってください。
油断をして手洗いをせずに物を食べるといったことが無いように心がけてください。
感染の恐れの高い場所には行かないよう心がけましょう。
とにかく可能性を下げれるだけ下げてください。それでも疾患することはあります。
その場合はそれを受け入れて拡散しないように心がけてください。

3、正しい知恵を身につけましょう
虚偽の情報を鵜呑みにする前に、果たしてそれが正しいのか否かを調べましょう。
今ならスマートフォンなどですぐに調べられます。
(偽りの情報を流すのは愚か者ですがそれに躍らされるのもこれまた愚か者です)

紙が無くなる → 無くなりません 
25℃でウィルスが死ぬ → それなら体温で死にます
55℃でウィルスが死ぬ → 本当ですか?それなら政府が発表しているでしょう
子どもへの感染率は低い → 前例が無いのにどうして子どもへの感染率が低いとわかるのでしょう


「みなが譲り合えばものは余りますし、みなが求めすぎるとものは足りなくなります」


「医療関係者が病院のマスクを無断で転売してつかまった」
「どこぞの議員が自分で持っていたマスクをオークションに出して儲けた…」(言い訳をしていましたが高額で売れてほころんでいたのは見なくてもわかります)など欲にとらわれている姿が哀れですね。同情はしませんが。
人の弱みにつけこんだ悪徳業者と変わりがないです。または転売屋へのほう助にもなりえますね。
わずかの利益と失うものの大きさとは比べ物にならないと思います。

少しきつい言い方をしますが、人間は古来より同じ過ちをずーーーっと繰り返してきていますよね。
歴史が物語っています。そろそろ正しい知恵を身につけましょうよ。


「下劣なことを行うな。放逸(ほういつ)に生活するな。間違った見解に従うな。世俗の徒となるな。」
ダンマ・パダ第13章167

令和二年三月記
節分会星祭り 無魔成満 
おかげさまで節分会を成満し立春を迎えることができました。
また、近隣寺院での法要も無事に終えました。ありがとうございました。
節分会では星々を勧請して供養をするため、それに合わせまして特殊な準備をいたします。
大難は小難に、小難は無難に、みなさま方の息災をお祈りし勤め上げました。合掌

令和二年二月四日記
大分支所特別伝道 令和元年十月二十四日 於弘法寺
7年に1度の周期で巡ってきます特別伝道会が成満いたしました。
本堂での護摩祈祷、風呂敷護摩によるお加持、四国霊場お砂踏み、管長猊下によるお受戒、念珠繰り、とあれこれ詰め込んだ内容でした。私は太鼓係でした。
宗園院からの檀信徒も数名参加いたしました。慌ただしい最中でしたが少し話ができました。
みなさまありがとうございました。






即位の礼 黄櫨染御袍
10月24日管長猊下をお迎えしましての「特別伝道」、そして10月26日石野浩司(聖咒)先生をお迎えしましての南無の会「特別講演会」ともに無事にお迎えすることができました。

御寺泉涌寺の心照殿研究員であります石野先生の皇室祭祀に関するお話には感心しきりでした。
いつまでもお話をお伺いしたいと思うほどです。
その石野先生が11月3日放送のNHK「日曜美術館」に出られます。
天皇にまつわるすごいものを復元されています。

特別伝道の写真は後日アップいたします。

南無の会特別講演会のパンフレットに私は「即位の礼でご着用の黄櫨染御袍は平安以来の装束云々…」と書きましたが石野先生にお伺いいたしますと「即位式で黄櫨染御袍をご着用されるのは明治以降」とのことでした。

そこでどのような装束をお召しになられたのか調べてみました。画像上は黄櫨染御袍の文様です。桐と鳳凰に竹と麒麟が加えられたものだそうです。弘仁十一年(820年)に嵯峨天皇が黄櫨染御袍を重義の際に着用する着物とされましたが、即位の礼で用いる着物はまた違ったようです。(画像下)


そして、こちらが明治以前までの即位の礼にてご着用されていました御衣だそうです。
かなり中国式の御衣です。便利な時代になりましたね。少し調べると詳細などが画像と共に出てきます。
着付けも山科流と高倉流があること、皇后陛下のお召し物や、皇嗣妃殿下のお召し物や女子皇族のお召し物なども細かく決まりがあるようです。

また、世界各国の来賓の衣装もすごく見ごたえがありました。
日本の歴史はすごいですね。弥栄に弥栄に。
 

ERROR!!
京都は醍醐寺にて






お盆と秋のお彼岸も終えた10月は催しが多く、京都をはじめあちらこちらへ出かけております。
今は伝授ブームというのでしょうか。各ご本山などでは伝授や研修会が盛んに執り行われております。

10月初めには醍醐寺に伝わる理性院流の伝授が行われ、(三宝院流、理性院流、金剛王院流の三流が醍醐寺に伝わる根本法流になります)醍醐寺三宝院にて許可潅頂を受けてきました。

他には肥前青年会主催の十結の伝授も行われました。こちらも三宝院流の系統になります。
京都は小野にございますご本山勧修寺での小折紙の伝授も引き続き受けています。
いずれの法流もそれぞれに相違があり、高野山で学んだ作法とも異なるのでとても勉強になります。

お勉強仲間から「今度はこの伝授があるよ」などとお誘いを受けるのですが、全て出られるわけでは無いのでタイミングと言いますかご縁が合うものだけ参加させていただいております。

24日は特別伝道が耶馬渓の弘法寺で行われます。その翌々日には南無の会特別講演会も控えており、忙しくも勉強になるので楽しみにしつつ支度をしています。
令和元年十月二十一日記

南無の会特別講演会のお知らせ
特別伝道のお知らせ 令和元年10月24日 場所 耶馬渓 弘法寺


7年ごとに巡って来ます「特別伝道」が大分担当で開催されます。高野山金剛峯寺より管長猊下をお迎えいたしまして「受戒」が執り行われます。檀家信徒さまで参加希望者は埋まりましたが、もし興味のおありの方は若干名だけ参加可能です。またと無い機会ですので参加希望の方は宗園院までご一報くださいませ。 
令和元年九月朔日 記
供養祭無魔成満のご報告


令和元年八月十五日午後一時、宗園院地蔵堂において盂蘭盆会供養祭が無魔成満いたしましたことをご報告申し上げます。 法要の後には「亡くなった方へお焼香の煙と香りは届きますよ、お茶湯お仏飯の湯気も届きますよ」といった内容のお話を三木大運和尚の実体験のお話を元にさせていただきました。お盆らしくゾッとするお話もいたしました。台風直撃の荒れた天候の中にも関わりませずご足労をいただきありがとうございました。当日は雨風ともに穏やかで無事に法要を迎えることができました。
令和元年八月十六日 記




 

令和元年八月十三日 記

ホームページを再び作成していましたら以前のブログデータ(wordpress)との連結設定を誤ってしまったのか、記事が全て消えてしまい、また投稿できなくなりました。
あえて外部ブログにせずともここへそのまま書き込むのも良いのかなとも思いつつ模索中です。
(画像や動画などのアップが手間ですが)

さて、八月十五日は当宗園院の供養祭がございます。現在準備の真っ最中です。
しかし、大型の台風が向かってきております。影響が大きくならないことを願うばかりではございますが、参拝予定の方々は安全優先で決してご無理をなさらないでくださいませ。

供養祭に向けて沢山の生花を活け込みました。
明日中には地蔵堂に飾り込めるでしょう。